昭和天皇の料理番をされていた、谷部金次郎さんの講演会を聴きました。
陛下の食事の時間に合わせて食事を作ったが、気持ちの良い季節になると植物がお好きだった陛下が、ゆっくり植物を見て吹上御所に帰られることがあり、厨房の方、侍従の方が無線でやり取りをしていた話。
またお正月行事のため大晦日は早くお休みになられていたが、紅白歌合戦の結果が気になられ、侍従にお聞きになられたそう。しかし皆早く寝てしまったので誰もわからず、NHKまで電話して陛下にお知らせした話など、珍しい話をたくさん聞かせていただきました。
今日話してくださった話だけでも、谷部さんが陛下に何事も誠意を持って尽くしてこられたことが感じ取れました。
谷部さんは、元佐倉〈ゆうゆうの里〉食事サービス課のスタッフ。端々に大阪の食事サービス課への気配りも入れながら話され「さすが!」と関心しました。
今回昭和天皇の話を聞いて古い想い出が蘇ってきました。
私が20歳のころ、第11回兵庫国体(1956年)の時、天皇陛下の目前で幼稚園児15人と一緒に紅白の旗を持って
♪赤旗左、白旗右に♪ と踊ったことを思い出しました。
普通お遊戯は、先生が園児の方を向いて行うのですが、そうすると陛下にお尻を向けることになりますので、園児の方にお尻を向けてお遊戯でした。
当時は写真を撮ることが許されませんでしたので、写真はありませんが、私の中の良い想い出になっています。
(入居者M・Y)
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